カーナビーツといえば、「好きさ 好きさ 好きさ」(ゾンビーズのカヴァーです)でアイ高野さんが、♪お前のすべてを~ と唄いながらスティックを観客の方へ向けるキメのポーズが何といってもインパクトがありました。ドラムスでヴォーカル、ドン・ヘンリーより早かった? アイ高野さんは当時16歳という若さで人気がありました。
カーナビーツには、スパイダースやテンプターズのように主演映画はありませんでしたが、演奏シーンが見られる映画があります。「ある女子高校医の記録・妊娠」(1968 弓削太郎監督)です。02hastu2
この当時は日本映画界全体が斜陽期でした。1964年の東京オリンピックで一挙に普及したテレビの隆盛が一因ですから、各映画会社はテレビで観れないものということで、次第にエログロ要素を取り入れていきます。特に経営不振の大映は若い女優を起用してこういった路線を推し進めます。この「ある女子高校医の記録・妊娠」もそんな流れの中で作られた一本です。
家出した女子高生の行方を追って、女子高校の校医がその子の日記を見てあちこちに調査に出掛ける……という追跡ものという感じの作りです。校医を演じる早川保さんが真面目そうなキャラクターなのと、女子高生に対して性病や薬物中毒の怖さを教えるシーンとかあって、ただのエロ映画じゃないぞという大手映画会社の矜持が見られますが、もはやエクスキューズとしか見えません。校医が探る女子高生の生態(性態?)は、「40%が非処女」とか、ノーパンでモンローのように地下鉄の通風孔の上に立ってスリルを味わったり、睡眠薬を飲んで乱交や同性愛に耽ったり……といくらラブ&ピース、ハレンチの時代といっても、だいぶ刺激を「盛ってる」作りになっています。
これは南美川洋子さんのデビュー作であり、彼女の清楚さがクラス委員で優等生という役にピッタリなだけに、実は乱れた女子高生グループの陰のボスだったという展開(のちの「愛と誠」の高原由紀みたいだ)に効いてます。のちに大映のセックス路線のシンボルとなる渥美マリさんはこの作品では脇役で、ノーパンでハレンチ遊びをする三人組のひとりを演じていました。この「ある女子高生医の記録」はシリーズ化、「ある女子高校医の記録・初体験」(1968 帯盛迪彦監督)「ある女子高校医の記録・失神」(1969 弓削太郎監督)「ある女子高校医の記録・続・妊娠」」(1969 帯盛迪彦監督)と続き、南美川洋子さんは全4作に主演されました。
カーナビーツは、女子高生たちの溜まり場になっているアングラ喫茶(!)で演奏するバンドとして登場します。そして、もうひとつ、レンジャーズというグループ・サウンズも出てきますが、彼らの演奏する「赤く赤くハートが」という曲がすごい! 脳内にマッハで直撃、こびりついて離れません!    (ジャッピー!編集長)