2016年も押し詰まってきました。なので、今年亡くなった人を追悼していきます。
まず、6月14日に亡くなったimages (7)
さんです。まだ67歳ですから早すぎます。中川さんが、日活ロマンポルノに出る前、「中川さかゆ」の名前で東宝ニューフェイスとして3年ほど東宝映画に出ていたのはよく知られていますが、その前に子役の時代があります。NHKの「お笑い三人組」に出たり、17歳のときには「徳川家康」で北大路欣也さんの相手役をつとめていました。「この頃は太っていて顔がパンパン」と笑いながら当時を振り返っていました。
浅草生まれの中川さんは、子供の頃から踊りや三味線などのお稽古事をしていて、12~13歳から劇団に入っていたので芸歴は長いのです。「芸事で身を立てるのが当たり前と思っていた」と話していましたから映画女優になられたのも当然といえます。東宝では、成瀬巳喜男監督の遺作「乱れ雲」(1967)では、加山雄三さんが左遷された青森の支社の事務員役でセリフもありました。中川さんは、成瀬監督について、「その佇まいは人間としての美しさを持っていました」とトークショーで回想していました。
あと、たしか「若大将」シリーズでも、(題名は失念)加山さんがマラソンだかに出ていて応援する女子社員の中にも顔を見せていました。森繁さんが黄門様、宝田明さんが格さん、高島忠夫さんが助さんに扮した「水戸黄門漫遊記」(1969 千葉泰樹監督)にも芸者役で出ていたのを覚えています。しかし、映画ではいい役がつかず(「最後は、藤岡琢也さんの秘書でお尻を触られるような役」と語っておられます)、東宝芸能部では、歌を唄って地方を回ったりしていたそうです。そうしてくすぶっている時に、「画面に映るしか自分を活かせない」と思った中川さんは、思い切って日活に。
はじめに会ったのは、まだ助監督だった田中登さんだったそうで、日活の面接で「皆、紳士だったし、ここでやっていこう、頑張っていこう」と決意、日活ロマンポルノを代表する女優「中川梨絵」が誕生したのでした。
「恋人たちは濡れた」(1973 神代辰巳監督)は、衣装合わせをせず、中川さんが自分でイメージした自前の服で出演したそうで、羽織っていたのはは中川さんのお母さんが編んだものだったとのこと。そんな風に役に入れ込む中川さんだけに、見事な存在感で代表作になりました。   (ジャッピー!編集長)