沖縄の米軍北部訓練場で警備にあたっていた機動隊員2人が、市民に対し「ぼけ、土人   が」という侮蔑的発言をした問題。いずれも20代の2人の隊員が戒告処分を受けたが、   これは、この隊員個体の問題じゃなくて、国家自体にそういった差別意識があることの   あらわれだと思います。おそらく、沖縄に派遣された隊員同士、仲間うちでそんな言葉  をはいていただろうし、彼らが育ってきた過程でもそんな意識を持たされてきたのでは  ないでしょうか。
だから、ああいう場面で「自然に」侮蔑的な言葉が出るのだと思います。
「沖縄 うりずんの雨」(2015 ジャン・ユンカーマン監督)というドキュメンタリー映画があります。ダウンロード (12)
戦後70年だった昨年公開された作品ですが、沖縄にとっての70年がまさに抑圧と差別の  歴史だったことをあらためて突きつけられますまず、。昭和20年、普通の住民が駆り出 された地上戦、その悲惨な様相が米軍が撮影した資料映像と証言だ明らかになります。そ  の中で沖縄に配属された日本軍兵士の生き残りの方がこんな証言をしています。「…沖  縄で民間の中に分散し、日常生活を見て、現地の文化も何も知らない我々は見下して、我々は大和民族で沖縄の人とは全然違うんだと。いつのまにかそういう意識が兵隊の頭の中に入ってしまったんだ…そのあとに日本兵と沖縄の人の間にあったことにはそれが一番の根拠になってしまった」と。だから、日本軍が多くの人々を犠牲にして「捨て石」にするようなことが起こったのです。結局、その意識が戦後も変わらず本土=国家側にあったということですね。
映画の中に1964年の東京オリンピックの聖火リレーが沖縄にやってきたときの映像が流れます。日の丸の小旗を持って迎える人々。知花昌一さんはその当時のことを証言します。「アメリカの屈辱的な支配から逃れるには日本に行くしかないと思った。日本には日本国憲法があって、戦争もしない、軍隊も持たない、基本的人権が保障されてる。それで経済的な発展もとげている。非常に素晴らしい国だと。」しかし、日本とアメリカが、沖縄を飛び越えて「基地を残す」ために復帰交渉をしたことに失望させられるのです。このように、アメリカだけでなく、日本からも軽んじられ、裏切られ続けた戦後。それは今も何一つ変わってないのです。映画のラスト近く、安里英子さんの「女性たちだけでなく、沖縄そのものが凌辱されている」という言葉が重くのしかかります。
そんな現実の中に生きる沖縄の人たちがいて、当たり前の生活ができるように戦っているのです。まだまだ沖縄について知らないことも多かったと実感させられるし、是非とも若い人たちに観てもらいたい映画です。
(ジャッピー!編集長)