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昨日このブログに書いた「脱出」(1972 和田嘉訓監督)の主演、ピート・マック・ジュニアの前の芸名は奥の山ジョージ。そう、あの名作「キクとイサム」(1959 今井正監督)の混血児姉弟の弟・イサムを演じた少年なのです。当時、奥の山ジョージは小学校4年だから「脱出」のときは22~23歳、すっかり大人になった姿はそう言われなければ、わかりません。(僕もシネマ・ヴェーラのロビイに貼ってあったプレス・シートで知りました)「キクとイサム」のあとは弾き語りなどを経て、1969年に新宿音楽祭歌唱賞を受賞、歌手として活動していたようで、「脱出」でも彼の歌が使われます。
姉・キクを演じた高橋恵美子もその後、歌手になり、現在も高橋エミという名で活動なさっています。独立プロの映画製作の苦闘を関係した人々の証言で綴った「薩チャン 正ちゃん」(2015 池田博穂監督)にも高橋さんは出演なさっており、「キクとイサム」の思い出を語っています。混血児姉弟を演じる子供を探し回った今井正監督は、はじめ可愛い女の子に決めたが、脚本の水木洋子さんが「エネルギッシュな子を頭に描いている」と反対、それで高橋さんがキク役になったのです。結果的にこれは大成功でしたね。まわりの男の子たちに虐められてもひるまない、明るいキャラクターは大柄な高橋さんにピッタリでした。
東北の山村で二人を育てている祖母は二人の行く末を心配して、イサムをアメリカの農園主に養子に出すことにします。そして、いよいよイサムが村を去る日が来て、駅で別れるシーン。汽車の窓から「ねえちゃーん」と叫ぶイサム、遠ざかる汽車を追ってプラットホームを(大柄なので)バタバタと走るキク。この時の表情を出させるために、今井監督は高橋に「いちばん大切な人のことを考えてごらん」と話しかけ、あの日本映画史上にも残る名シーンが生まれたのです。
高橋さん自身も米兵の父と日本人の母の間に生まれ、祖母に育てられたので映画のキクと同じような境遇です。いわば戦争が生んだ差別や偏見という重いテーマながら、ユーモラスな語り口、祖母を演じた北林谷栄さんの名演(この時48歳! 健康な歯を抜いて臨んだ)もあって深い感動を呼び、キネマ旬報1位、毎日映画コンクール、ブルーリボンなども総ナメしました。数々の名作を撮った今井監督も「自作の中で一番好き」と語っています。
映画を観終えると、すっかり感情移入してしまい、キクもイサムも逞しく生きて幸せをつかんでほしいなあとその後のことまで気になってしまいます。しかし、イサムが養子としてアメリカに行くことになって、近所の人が「アメリカの人種差別はもっとひどいと聞くぞ」と反対する場面もありました。まだ公民権運動より前ですから、きっとイサムはアメリカでも辛い目にあったんじゃないかと思ってしまいます。そして、この映画から50年以上も経った今でも、白人警官による黒人への不当な扱いが報じられています。日本はといえば、最近はアスリートにも芸能人にもハーフの人が活躍しているし、キクやイサムに向けられた奇異な視線は少なくなったように思えます。しかし、まだ別の差別、偏見が渦巻いています。それはネットによって拡散したり、ヘイト・スピーチなどでもっと陰湿な感じではびこっているように思います。         (ジャッピー!編集長)