花形敬 イラスト
ステゴロとは言うまでもなく 道具を使わない素手での喧嘩のことです。
戦後、ステゴロで一番強いといわれた愚連隊やくざがいました。花形 敬さんです。
世田谷生まれの比較的裕福な家庭に育ちましたが戦後の混乱の中でグレました。
その当時、東京中の中学の番長クラスが集まるといわれた国士館高校で番を張っていました。
スポーツも万能で、特にラグビーに卓越し、あの明治のラグビーの北島御大が明大に引っ張りました。
しかし、安藤昇さんの東興行(安藤組)の主要メンバーとなり渋谷界隈でにらみをきかせました。
あの力道山も花形さんをさけたそうです。
詳しくは 朝日新聞の記者だった本田靖春氏著「疵」を。
そして、映像もありました。映画館で上映されたのニュース映画を製作していた「日本映画新社」が
撮っていました。
撮影場所はなんと渋谷警察所内の一室です。連行された花形さんが記者たちインタビュウーをうけているところです。
「逮捕状も見てねえのに引っ張られたんだよ!」と不満気な様子です。
署内でのインタビュウ映像なんぞ今じゃ絶対にありえませんところの貴重な映像です。
体格も良く、顔にも鬼気迫る迫力がありました。 昭和33年7月です。
おそらく、安藤組横井英樹(後のホテルニュージャパン社長)襲撃事件のからみで逮捕されたのでしょう。
花形さんは安藤昇さんが服役している最中に、組長を代行していましたが、昭和38年ころ刺殺されてしまいます。 安藤さんの身代わりような感じです。
こちらの世界も激しくも生々しく人の匂いを感じられた時代でした。
(ハピイ氏橋)